やすらぎの里1日目
初日から
計測と施術
体重が
この冬の間に
引きこもり動かないせいで
結構増えていた
それも実はストレスだった
施術はカッピング
わかっていたけど
結構赤みが出ていた
結構どころではなく
だいぶ激しく紫色に…
血流が悪いんだろう
その後お夕食
量は当然ながら少なめ
味も薄い
けれど
とても丁寧に作られている
玄米ご飯が
もちもちして
とても甘く美味しかった
一口ずつ箸を置いて
30回噛んで味わうと
素材の味がよくわかる
半量でも丁度良い量だ
1人だと
そんな一つ一つに
気づける喜びがあった
誰とも話さず
黙々とゆっくり食べる
実はとても
豊かな時間なのかもしれない
食養生のコースにして
よかったのは
胃腸に優しい
食事の量、バランス、味付けが
わかった事
糖質バランスを整える事
砂糖、小麦粉、カフェイン、アルコールを
控える事
これで心身が少しでも
健やかになるなら
嬉しい
夜は
岩盤浴と温泉に入り
安眠のヨガをして
22時には寝た
世の中はコロナ禍
人とこうして直に会い
話し、ヨガをしたり
食事をする事が
信じられない程
有難いと思えた
人気があるところに
身を置くだけでも
一人暮らしの私にとっては
ありがたかった
明日から一人で時間を
どう過ごそうかな…
夫と一緒だったら
どんな会話をしてたかなって
まだまだ寂しさは募るけれど
とりあえず
8000歩以上歩く事は
決めた
食事、運動、睡眠、心のケア
この基本的な
生活習慣を見直せるのが
このやすらぎの里
まずまず今日は
規則正しく
眠りにつけそうだ
(つづく)
なぜやすらぎの里へ来たか
高原館へ着いてすぐ
カウンセリングがある
順番を待ってる間
ここを開いた
大沢剛先生の
やすらぎの里への道のり
というファイルを手にした
なぜこのように
心身療養施設を造ったのか
その理由となる
大沢先生の
これまでの人生の歴史が
書かれていた
まだ先生が20代の頃のページ
手が止まった…
先生も弟さんを
亡くされていた
それも
私の夫と同じ理由で
あぁ
だから
私はここへ来たんだ
何も一切事前には
調べてなくて
知らなかった
だから
このシンクロに
本当に驚いた
こういう事なんだ
先生はその事がきっかけで
自然食に出逢われ
健やかな心身とは何か
どうすれば?
をずっと研究して
実践されてきたのだという
高原館の館長さんも
私の全てを受け止めて下さり
表現の大切さを
教えてくれた
ここなら大丈夫なんだ
安心した
ほっとした
そんな感覚と
やはり半分まだまだ寂しい思いで
これから4日間
何かが変わるといいなと
期待した
低血糖が怖かったのと
今この状態で
断食なんてしたら
余計辛いと話して
半分の量の食養生コースに
して頂いた
とにかく
ゆっくりして
自分を見つめる時間に
浸ろうと思った
(つづく)
伊豆やすらぎの里へ
先週3泊4日で
伊豆の療養施設
やすらぎの里 高原館に
お世話になった
とにかく自然に触れたかった
心身を癒したかった
伊豆は30年ぶり
踊り子号で
途中小田原を抜けた辺りから
夫と毎年
私の誕生日に
箱根に行ってた記憶が蘇り
号泣…
一人旅
まだ早かったかな
なんて
とても心細かった
もう2度と
主人と旅行出来ないんだという
現実が辛い
二人の楽しみ
特に主人は
旅行が最大のお楽しみ
だったのではないかな
悲しみの往路
涙が溢れて止まらない
伊豆高原に着いて
伊豆で働いている
友人に
ランチをご馳走になった
隈研吾建築の
MIKUNI IZUKOGEN
大島が見える
高台に立つ
素敵なレストラン
私は一応これから
食養生なので
デザートはなしで
その分
お野菜を沢山盛り付けて頂いた
そんな計らいをしてくれた
友人の優しさが
とても嬉しかった
さすが
元CAの教育係
頭が下がる
主人が亡くなって以来
以前から交流のあった友人達とは
会えなかった
というより
会いたくなかった
コロナ禍という理由もあるけど
真実が話せないから
単に死別だと思われて
元気出して
そんなに悲しんでばかりいたら
旦那さんが向こうに行けないよ
とか
言われるのが辛かったせいもある
言えないし
言いたくない
だから
距離を置きたくなる
周りの他人は
自死という
壮絶な死別の
真実を知らなければ
9ヶ月も経てば
元気になったかな?
なんて思うのだろう
衝撃的な心身の傷は
とても深く
簡単には癒せない
これは
体験した人でないと
わからない傷み
体験した人ですら
個々の立場で違う
悲嘆は個人個人で
違うのだという事
今はそれしかわからないけれど
それが知れた事は
深い意味がある
そして
私がなぜ
やすらぎの里へ来たかが
わかった
(つづく)
抑うつ
死別の悲嘆反応の一つ
ただただ
無気力で
涙が溢れて仕方ない
喪失の絶望
2人の未来が作れない絶望
一人で生きていく虚しさ、不安
取り返しのつかない後悔
もっとしてあげたかった
わかってあげたらよかった
罪悪感
こんな思いにぺしゃんこになる
ここ1ヶ月
そう言えば
メソメソしなくなったなって
思っていたのに
昨日は久しぶりにきた
自分でもわかる
この辛さ
もしかしたら
砂糖や糖質の摂取もあるかな
人と会うと
甘い物食べるし
そこで頑なに断れない自分の弱さもある
それと
一周忌準備の方、相続税の事
暫く止まっていたそれらの事を
着手した途端だったから
気持ちも無理をしたのかもしれない
それと、この花冷え
寒いのと
糖質過剰と
主人に関する事
これが重なったせいもあるかな
結果には必ず因がある
寒くて不機嫌になるなら
暖かくしてあげる事
糖質摂取を適量に良質にする事
主人に関わる事は
人と協力しながら
支えてもらいながらやる事
一人で頑張り過ぎない事
対策はわかった
抑うつが出ても良い
だって反応だもの
仕方ない
まだ10ヶ月も経ってないんだから
当たり前
でもその反応に呑まれると
上がれなくなりそうになるから
怖くて浸りきれず
スマホをいじってしまう
昨日も、ほぼYouTube漬けで
1日が終わった
動けてる人が羨ましく感じ
余計に自己卑下が止まらない
いっそ
SNS断ちしてみようかな
自分にとって有益、必要なものだけ
を選択し直してみよう
美しく散る
菜の花と
桜が
同時に咲いた今年
早くも
桜吹雪が
ベランダに舞い散ってきた
そして
椿も満開
花は心を癒してくれる
ただ咲いているだけなのに
そういえば
桜の花は
枯れる姿を見せない
勢いよく
散ってしまうから
その姿さえ美しく
人を魅了する
咲いて散る
僅かな時間
私達の人生も
こんなものなのかもしれない
人間70、80歳
今や100年時代とも言うし
これからは140歳位まで
生きれるようになる
と言う人もいる
でも、どんなに長くなろうと
人の一生は
この凝縮した
桜花のようなもの
早く咲いて
喜ばせてくれるものもあれば
遅咲きで名残を
感じさせてくれるものもある
夫の人生は
思いがけず
短く散ってしまったけれど
咲ききれたの?
やりきれたの?
そんなわけないよね…
第二の、第三の人生を
思い描いていたでしょう?
貴女と
穏やかに暮らしたいんだよ…
亡くなる前
言ってたよね
貴女と
って
言ってたのに
遺したものと
どう整合性を取ればいいのよ
何を信じたらいいのよ
あれは真実だと思ってた
真実…でしょう?
なのになんで?
私をひとりぼっちにして
勝手に逝っちゃうなんて
そんな事されたら
自分を責めてしまうじゃない
桜散る姿は
心奪われるほど
美しくもあり
かなしくもある
美しく散るは
かなしく散る
でもある
美しいは
哀しみ
を内包し
“かなしい”
とも読むからだ
しばらく
桜の頃は辛い季節に
なってしまうかなぁ
綺麗な花弁
けれど
まだ心がいたいよ
花散らしの雨
ゆらぎないもの
ゆらいでいくもの
桜の木と その花弁
花は散り 木は不動
根付くものと 去るもの
堂々と 潔さ
養分を与える側と
惹きつける美しさを放つ側
けれどその花の芯は
しっかりと幹に繋がり
次の花への周期に入る
散るものと 残るもの
命を繋ぐリレー
私達は
肉体を脱いだら形は消える
魂の世界に還る
芯となって 残すものはなんだろう
なんの命を繋ぐのだろう
それとも 芯となって
来世の花の周期を
待つのだろうか
けれど
来世がもしないとしたら
残したいものなど
あるのだろうか
紡いでいく言葉の中の
こころ ですよ
と言われたら
どう思う?
正直なあなたの心こそが
残す価値ですよ
と言われたら
きっと
全ての想いに許可が出せる
等身大の私
肉体で生きている私自身
それがこの世の
わたしの時分の花だから
咲かせようとしなくても
あの花みたいに咲かなきゃなんて
いらない
ただただ
散り際も風流に
こんな風に愛でられたら幸せね
それはこんなにも
人を癒し
喜ばせるものだから
かもしれない
突然に
雨が強まってきた
お願い
どうかもう少しだけ
見頃の時を一緒に過ごさせて
🌸🌸🌸
拙い詩…
花を想うようで
去年の今頃の夫との
時間を想っている
人間って
なんなんだろう